研究開発ストーリー 素材研究

森永乳業の
ペプチド研究

ミルクアレルギーからスポーツ栄養分野まで幅広い応用に期待

大正9年に初めて、粉末の育児用ミルク『森永ドライミルク』を発売して以来、常に赤ちゃんの健やかな発育を考え、製品の改良を行ってきた森永乳業。これには現在の森永乳業を支える核となる技術が培われてきた。ミルクアレルギーからスポーツ栄養分野まで幅広い応用が期待される『ペプチド』もその大きな柱の一つだ。

ミルクアレルギーとの闘い

苦味が少なくアレルゲン性の低いペプチドの開発

1970年代中ごろ、森永乳業の中では、ミルクアレルギーの赤ちゃんのためのミルクを開発するという話が持ち上がる。アレルギー反応を起こさないために、牛乳たんぱく質を酵素で徹底的に消化したペプチド(乳たんぱく質消化物)を配合する手法が選択された。

牛乳には良質なたんぱく質が含まれていることは広く知られている。この乳たんぱく質をベースにし、酵素を作用させてできるのがペプチド(乳たんぱく質分解物)だ。一言で言えば、たんぱく質をハサミのような役割を持つ"酵素"で切って小さくしたものがペプチドということになる。

しかし、そのままでは製品化を断念せざるを得ないくらいそのペプチドは苦味が強いという問題が発生してしまった。幸いその頃、ある種の乳酸菌が苦味を除く酵素を持っているとの情報が得られ、試しに乳酸菌を使って実験してみると予想通り苦味が低減されたペプチドが完成した。

森永ペプチドミルクE赤ちゃん(1994年発売当時)

これにより、苦味が少なくアレルゲン性の低いペプチドの開発に成功し、このペプチドを配合した日本で初めてのアレルギー疾患用ミルク『MA-1』が1977年に発売された。このとき培ったペプチド製造の技術は、すべての乳たんぱく質を酵素消化し、1994年に発売した『森永ペプチドミルクE赤ちゃん』(写真)の開発にもつながる。『E赤ちゃん』の場合は、酵素処理条件を厳密にコントロールすることで、乳たんぱく質を限定的に消化するという新たな手法を採用した。そしてそれは森永乳業におけるミルク開発の歴史の中でも最大の幸運という言うべき研究テーマでもあった。

イノベーションだった『E赤ちゃん』の開発

母乳を与えることができない母親にとって大きな福音となることを確信した

なぜそれが最大の幸運だったのか。この『E赤ちゃん』の構想は、それまで築き上げてきたアレルギー疾患用ミルク『MA-1』に代表される卓越したペプチド製造技術と、半世紀以上に亘る育児用ミルク開発の技術・知識・経験の蓄積を融合し、牛乳を原料とする育児用ミルクの宿命である牛乳たんぱく質のアレルゲン性を低減させた、全く新しい概念のミルクを開発するということだったからだ。すなわち、森永乳業の技術と歴史を結集したものであること以上に、日本における今後の育児用ミルクの歴史」一石を投じ、これまでアレルギーを気にして母乳を与えることができなかった母親に大きな福音をもたらしたのである。

ペプチドのアレルゲン性に対しては絶対に妥協したくなかった

MA-mi(2005年発売当時)

『E赤ちゃん』の開発の次に取り組んだのは、風味が良くて飲みやすいアレルギー疾患用ミルクの開発だった。アレルギー疾患用ミルクでは、アレルゲン性を十分に低減するためにペプチドの分解度を高めなくてはならないが、分解度が高くなるほど苦味などの飲みにくさが目立つようになる。しかし、風味の改善は進んだもののアレルゲン性の点で思うようなペプチドがなかなか見つからず、ペプチドの開発だけで数年を要した。風味は良かったとしても、ペプチドのアレルゲン性は絶対に妥協が許されない。

ある日、素材開発グループの研究員が新製法によって試作した一つのペプチドサンプルがブレイクスルーとなる。テストの結果は良好で、臨床評価の時にも、小児科の先生方も実際に使ってみてその有効性を納得していただくことができたという。この成果を結集したのが2005年に新たに発売されたミルクアレルギー疾患用ミルク『MA-mi』(写真)である。

さまざまな赤ちゃんの成長と健康に役立っている分離精製技術

ペプチドの従来製法では、当初は、風味や、消化しきれなかったたんぱく質の断片の点で、多くの課題が残っていた。しかし、酵素消化に加えて、膜分離技術をはじめとした精製技術を駆使することで、適切な風味の維持とアレルゲン性の低減という、従来では相反する目的を同時に達成することに成功した。この技術開発の結果は、森永乳業におけるすべてのアレルギー用ミルクのペプチド製造を支えている。

分離精製技術は、分子レベルでのミクロな物質を対象としているだけに、安定した製造工程の確立が求められ、工場スケールで運転できるようにするためには多くの課題があった。アレルギー用ミルクに使われるペプチドの開発にも応用されている膜分離技術は、もともとは水処理を中心に発展してきたフィルターの技術だ。牛乳やペプチドの消化液は、たんぱく質のほか、脂肪、炭水化物、ミネラルなどのさまざまな成分がそれぞれ相互作用しながら成り立っている複雑な溶液であるため、技術導入の時には、思い通りに分離できなかったり、フィルターを詰まらせたり、洗えなかったりなど簡単ではなかった。工場での操作条件を変更して挙動を検証したり、ライン改造や機器のレイアウト変更を試みたりなど、最後は技術者の推理と体力がものを言った。

未来へ前進

たんぱく質を構成するアミノ酸は20種類、そこに酵素の種類や分離精製技術の組み合わせを考えると、ペプチドの可能性は限りなく広がる。たんぱく質をペプチドにすることで、アレルギーの点におけるたんぱく質の短所を減少させることができる一方、たんぱく質の長所である栄養面での機能を更に引き出すことも可能となる。たんぱく質の栄養を必要とする人は、赤ちゃんからスポーツを愛好する人々やシニアまで幅広い。

ミルクアレルギーのために開発された森永乳業のペプチド研究。その確かな品質に裏打ちされた技術開発と、不可能を可能にしてきた研究者の取り組みは、将来への可能性を秘め、常に前進するのみである。

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